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2007.06.27 面接はアピールの場であり、お見合いの場?

面接はアピールの場であり、お見合いの場?

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こんにちは、【人材バンクネット】事務局の久保田です。

私自身も今まで何度も面接を経験してきましたが、自分を売り込む場であると同時に、「お見合い」のような感覚(※)で臨むと言った感覚も大事なのではないかと思う事がありました。

小生、ホンモノのお見合いの経験はまだございません。

勿論ここぞとばかりのアピールの場ですし、自分の長所を売り込む事は確かに大事ですが、面接の現場では反面どうしても採用して欲しいから媚を売りがちになってしまうのではないかと思うのです。

私も大学3年の就職活動の時、週に何件も面接が重なる時期があって、初めはその企業に合わせた志望動機や自己アピールを考えていたのですが、それに少し疲れてしまった時、思い切った行動すなわち「面接を楽しもう!」と考えたのです。

面接官だって別に閻魔様ではなく1人の人間ですから、対話してみて等身大の自分を見て貰おうと思ったのです。それで落ちたら「ああ、人間として合わなかっただけだな」と。
ペーパーテストで落ちた場合には「もっと勉強しておけば良かった!」というある種の悔いが残りますが、面接の場合にはいくら場慣れしていても、人間としてフィーリングが合わなかったらそれだけで落とされる要素になるだろうと考えたのです。

某旅行関係の出版社で、それは4対4の集団面接だったのですが、ライバルの学生達は各々じっくり考えてきたであろう志望動機を発言しています。そこで私は敢えて一言志望理由を聞かれ「旅行が好きだからです!」とだけ満面の笑みで発しました。結果、何故か採用されました。勿論それで落とされる場合も多々存在するかと思います、あくまで個人的な意見ではありますが・・・。

でも最低限の社会常識やマナーを尊重しながら、対等な気持で企業と向き合って面接に挑む。もし不採用でも、それは縁が無かったんだと早めに割り切るといった前向きな気持ちがあったからこそ、前述の出版社の採用に繋がったのだと自負しております。

でも入社後に試験官だった上司の方に「お前は面接の時ずっと笑顔だったから感じは良かったけど採るのは博打だった」と言われてしまいました・・・。何事もほどほどが肝心ですね。

ちなみに2年半前に転職してこの会社の面接で採用してくださったS先輩に「なんで30人もの応募者の中から私を採用しようと思ったんですか?」と聞いた事がありました。その答えは「うーーん・・・なんとなく」と言われました。余談ですが一次面接で、私の前に面接を受けていた女性が物凄く美人だったので、その時点で「あ、落ちるかも」と思ったのですが、その開き直りが功を奏したのかもしれません!?

まあ何にしてもフィーリングですねきっと。

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2006.02.14 初対面でビビル事なかれ。

初対面でビビル事なかれ。

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こんにちは!個人サポート担当の久保田です。
今日はちょっと「初対面での緊張について」のオレ流論を。

転職活動には欠かせない面接。または直接企業との面接に進む前の段階でも、電話で担当者と話をしたり、もしくはメールでのやりとりを行ったり。【人材バンクネット】をお使いの方は、これら各人材紹介会社の担当者とのやりとりも含めると、インターネットが普及し、これだけ便利な世の中になったとは言え、やはり人との直接の交流が採用に向けての鍵を握っていると言う事は間違いありません。


さて、皆さんは初対面の方との交流、得意ですか?


私ですか?ぶっちゃけ苦手です(>_<)


やはり「この人はどういう人なんだろう?高圧的かな?温和かな?」とか知らない内に相手をリサーチしてしまいます。ただ前に何かで読みましたが、自分が友好的な態度をとると、相手も自然と友好的な態度を示す事が多いらしいのです。


また、こんな事を実践してみて、面接で緊張しないコツを掴んでみるとか・・・。

■模擬面接を重ねて、場に馴れる。

■街中に出て知らない方に色々声を掛けて人見知りを克服
 (出来ればナンパ以外で)。

■面接中「これは試されている場ではなく、交流の時間だ」
 と暗示をかける。

■自己PRと職務経歴の略歴、志望動機だけは暗記しておく。

■自然な笑顔を心がけるように鏡の前で練習
 (モテモテリソシアみたく)。


おそらくこういった態度で臨めば、ガチガチに緊張して何も話せないで撃沈という面接は逃れられるかなと思います。折角試験でも良い点を取っても、面接で緊張してしまうとかなりのマイナスかなと。だったらむしろ先に「面接も久しぶりでして、緊張しております」とか作り笑顔で言って相手に(お手柔らかにお願いします)的態度を乞うというのも方法かもしれません。


少し話は脱線しますが、私は趣味でカメラをやっております。女性ポートレートなども、時には初対面の方を撮影する事もあります。またモデルさんも、必ずしも百戦錬磨のカメラ馴れしている方ばかりはありません。そういう時には始まった直後に「やっぱり初対面の方に撮影されるのは緊張しますよね~?そりゃそうだと思いますよ?だって撮ってる私も緊張しちゃうもーん。」みたく、人間的な部分を見せると結構一気に空気がやわらかくなったりします。

この考え方って転職活動中の面接でも応用出来る部分もあるんじゃないか?と思うのです。そこに入りたいから面接に行ってるワケで、あとは直接志望者の口からそれを不器用でも熱意を持って語る事が出来たら、勝利は自ずと近づくのではないか?と思うのです。

前にも書きましたが、初対面でもビビル事なかれ。初対面であるということは、迎えうつ向こうも初対面。「この人はどういう人なんだろ?」と思うのは双方なのです。そう考えると、カッコ付けずにありのままの自分を演出した方が好感が持てそうかなあ?と思うのであります。


これらはあくまでも私見ですが、そんなに突拍子も無い事を書いているワケでもないと思っております。どうぞ皆様、面接に緊張しそうになったらこんな楽観的な考えのヤツもいるんだなと思い出して頂けたら幸いですww


(CS・久保田)

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2005.04.27 カメラレンズのおはなし。

カメラレンズのおはなし。

最近はフィルムカメラよりもデジタルカメラが全盛でありますが、一眼レフカメラの場合、本体よりもむしろ交換レンズにお金をかけている人は少なくないのであります。

カメラ屋さんに行って売られているレンズを見ると、表記を見てもいまいち理解出来ない文字が並んでおります。「28-80mm F3.5-5.6」などと表記されていても、それが何の事かよく分からないという方もきっといらっしゃると思います。

「○○mm」というのはレンズの焦点距離の事で、普段の人間の視界と同じ程度のものが50mmなので、一般的に50mmレンズが標準レンズと言われております。それよりも数字が小さいもの、28mmや35mm等は広い視野が撮影できる「広角レンズ」、反対に80mmや200mm等のレンズを遠くの物を大きく写せる「望遠レンズ」と呼びます。これら1つのレンズにつき焦点距離が1つだけ表記されているものは「単焦点レンズ」と呼ばれ、カメラを構えてファインダーを覗き、被写体をもっと大きく写したいとか、もっと全体を引きで写したいと思った場合には、カメラマンがフットワークを使って動く事が必要となります。

反対に「ズームレンズ」と呼ばれるものは、レンズに28mm-75mm、80mm-210mmというように、ズーミング出来る範囲が書かれております。レンズの焦点距離を変えるだけで被写体に寄ったり引いたりが出来るので、移動を少なく、その場で様々な写真が撮れて便利です。中には「28-300mm」といった、広角から望遠までの役割をこれ1本でこなしてしまうスグレモノも存在しております。

ではズームレンズの方が、全てにおいて勝っているのか?と言われるとそうも言い切れないのが面白い所です。焦点距離の表記の横に書いてあるF1.4やF3.5-5.6などの「F値」は、レンズの明るさを表しております。つまりこのF値の値が小さいほど、少ない光でシャッターが切れる=様々な環境下でいい写真が撮れるという事になるのです。絞り開放のF値が大きなレンズの場合には、どうしても暗い場所等で撮影する際にシャッター速度が遅くなるので、その結果ブレを起こす事が多くなるのです。

単焦点レンズはメーカーの純正レンズでも「50mm F1.4」というような、とても明るいレンズでも3万円程度で購入出来るので、手元に置いてあっても困らないレンズだと思います。どちらのレンズを購入するかは人それぞれではありますが、一旦明るいレンズを使ってしまうと、廉価のレンズを使って不都合を感じる事が少なくないようであります。

またレンズの構造上、どうしてもズームレンズの方が高値です。廉価のズームレンズもありますが、F値が「4.5-5.6」というように、スナップには最適ですが本格的に写真を撮ろうと思った時に不都合が生じるものがもあります。中には「28-75mm F2.8」などというようにズーミングしてもF値が変わらないといったレンズもあるのですが、その分どうしても高価になってしまいます。

たまにテレビなどで、記者会見やアイドル撮影会などのカメラマンが、バズーカ砲のようなカメラレンズで撮影している光景を目にしますが、あれは被写体を大きく写そうというだけではなく「難しい条件下でも綺麗な写真を写したい」という表れだと思います。ただ、F値にこだわってレンズを探すと、お金がいくらあっても足りません・・・。その前に私の場合は、自分自身のカメラの腕を磨く事が先なんですけどね。

(カスタマーサポート・久保田)

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2005.04.16 悲しみのカキフライ

悲しみのカキフライ

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今日の昼飯は、久々にサカナ系を食おうと思い

いきつけの店・鳥Qのカキフライ定食に決めた。

このカキフライ定食の値段はなんと500円

先日他の客が頼んでいたのを目の当たりにしたのだが、
内容もしょぼくない。
カキフライ6~7個にレタス、サラダスパ(のようなもの)の付け合せ+味噌汁+ごはんがついている。
さらにごはん大盛りはタダ。
しかも食後のドリンク(俺は常にアイスティー)までついてたったの500円だ。

松屋のワンコインセットをはるかに凌駕するこの内容。
赤坂見附イチのコストパフォーマンスを誇る定食であるといえよう。
ランチ王in赤坂見附だ。

いや、赤坂見附界隈だけでなく、23区内に出回っているあまたのランチの中でも
コストパフォーマンス部門ベスト3に入るのではないか。
しかしあのカキフライが本当にこんな安価で食べられるのか。
実際に食ってみるまで、実は半分疑っていた。
カキとかいって、実はシジミフライなんじゃねーの?

だって500円だもの。

しかし実際に最初の一個を口に運び、その味と残りの断面を観察してみて、俺の疑惑は跡形も無く消し飛んだ。

何度も味わった、カキ独特のまろやかなうまみの中にほんの少しだけ感じる内臓のにがみ。
そして断面の内臓の黒とそれを包む肉のクリームホワイト。

うむ。間違いない。本物だ。

疑ってごめんなさい。鳥Qさん。
俺は心の中で静かにわびをいれた。

しかしそんなすばらしいカキフライ定食だったが、ただひとつだけ問題があった。

ソースがないのであった。
いや、あるにはある。
お皿のカキフライの横にはタルタルソースと思しき物体があった。
サラダスパはあらかじめ味がついてるし、レタスにもマヨネーズがかかっている。
とすると、やはりこのタルタルはカキフライのためのものなのか。

しかし、俺の実家ではカキフライはいわゆるブルドッグとかの(ウチはあくまでおたふくソースだったが)茶色のソース&辛しをつけて食すのが古くからの慣わしだった。

でもエビフライだってタルタルで食う場合があるよなと思い、
試しにカキフライにタルタルをつけて食ってみた。

う~ん。微妙


確かにまずくはないが、何かが足りない。
そこで俺は店員にソースを頼もうと思った。
しかし店はお昼時を迎えててんやわんやの大騒ぎ状態。

なんと今日は、ちょっとだけど並んでしまった。
それほどの客の入りだったのだ。
しかし今日はどうしても500円カキフライ定食にトライしてみたかった俺は、ここできびすを返すわけにもいかず、並んでしまった。

てなわけで、店内はあちこちから怒号が飛び交うほどの大盛況なのだった。

怒号の主たちは、頼んで30分以上経つのにまだメシが来ない人や食べ終わってから20分以上経つのに食後のドリンクが来ない人が大半を占めるように思われた。

そんな重要な問題を抱える人たちに比べれば俺のソースほしいという要求はあまりにも小さい。
小さすぎる。

しかも、そんな状況だからホールスタッフもゆっくり歩いている人などだれひとりいなく、みんな早足以上で駆け回っている。

どうしたものかと悩んでいる間にもみるみるうちにカキフライの数は減っていく。
食ってる途中で「ま、いっか。タルタルでも」と一瞬思ったがしかしカキフライが減っていくにしたがって

おまえ、本当にこのままでいいのか?
という心の声は強まるばかりだ。

そしてついにとうとう最後の3個にまできた時点で俺は決心した。

やはりソースを頼もうと。


メシが来ない客のことなど知ったことか!


忙しいからといってソースの運搬を拒否できる権利は店側にはない!

俺のソースへの欲求はここまで高まっていた。
店内の様子を観察し、タイミングを見計らい、店の人が近くを通りがかったとき、意を決して俺は叫んだ。

「すいません!」


おもいっきり

無視された。。。


しかも顔見知りでわりと仲がいい店長に。
体温が2、3度上昇したような気がした。
このときの俺が被った心理的ダメージは、たとえていうならば八丈島ダイビング旅行から帰ってきたその日に彼女に

「出てって」
といわれたあの日に匹敵する。

いや、それは言いすぎか。
しかし俺は動揺を隠せなかった。
店の人にシカトされたのももちろん苦痛だったが(それは残りの3個をもタルタルで食わねばならない可能性の増大を意味するからだ)、それよりも他の客に対するバツの悪さの方が問題だった。

読者のみなさんも、どこかの飲み屋やレストランで、自分の近くにいる客が店員を呼ぼうとしてシカトされるシーンに遭遇したことがあるだろう。

そんなとき、彼らは「あれ?」とか
「シカト?」とか
「聞こえなかったのかな?」とか、
ダレに言うともなくつぶやく。

ツレがいたときはまだいい。
ひとりのときはサイアクだ。

それは、それ以上の沈黙に耐え切れず、あまりのバツの悪さにより、ついもらしてしまう周囲へのエクスキューズなのだ。

そんなつぶやきを聞くたびに、俺は目を細めてしまう。

同志よ、おまえの気持ちはよく分かる。

しかし俺はそいつに深く同情するとともに、今後そいつがどのような行動に出るか、心の中で悪魔の笑みを浮かべながら待ってしまうのだ。

シカトされても動じることなく、

すいませーん

すいませーん


すいませーん


と店員が気づくまで何度も呼び続けるヤツもいれば、一発目の呼びかけがシカトされたらちょっと間をおき、仕切りを直して、シカトされた店員とは別の店員に声をかけるやつもいる。

前者のような行動に出る場合、1回目の「すいません」と2回目の「すいません」の間に少しの猶予も許されない。

時間が空けば空くほど気まずさは増大され、2回目の声をかけるタイミングはどんどん遥か彼方に遠ざかってしまうからだ。

俺は後者だった。

しかし2回目の方がプレッシャーは高まる。
なにせ、一度失敗しているのだ。
もう失敗は許されない。
失敗が重なれば重なるほど、気まずさと他の客の笑いものにされる可能性は高まってしまうからだ。

だから2回目は周囲の客になるべく気づかれないように可能な限り小さな声で、俺が助けを必要としているということを、店員に確実に知らしめねばならない。
今度こそ一発で仕留めてやろうという必殺の気合を胸に秘め店員が俺のすぐそばを通りかかったときに声をかけた。

すいません。ソースください

「はい。少々お待ちください」

よし。やった。
これで他の客の好奇な視線からも、タルタルですべてのカキフライを食わねばならんという恐怖からも解放された。

依頼してしばらくしてソースが来た。カキフライの黄金色の衣にこげ茶色のソースがかかる。

うむ。やはりこれがカキフライの正しい姿である。
まずはその姿にひとり得心し、次に口に運んでみる。

やはりタルタルにはないパンチの利いた味が、カキ自体の味をいっそう引き立たせる。
ような気がする。

とにかくカキフライとソースのマッチングは最強だった。

やはりソースを頼んでよかった。

幸福感に包まれながら残りのカキフライを食った。
そして最後の一個を口に運んだ時、新たな発見があった。
そのカキフライの裏にはタルタルが付着しており、口の中でソースと溶け合い、なんともいえない絶妙な味のハーモニーを奏でたのだ。

これはこれでうまいかも。

タルタルもいうほど捨てたもんじゃないな。

しかし新発見に喜んでいる場合ではなかった。
ことの一部始終を元同僚のヨシダイクミ(33歳・実名)に見られていたのだ。
しかも俺のすぐ後ろの席で。
不覚。


■今回の教訓:壁に耳ありクロードチアリ(さむっ…つーかふる)
(編集:)

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2005.03.15 ホリエモン、資本家の発言をしてはいけません

ホリエモン、資本家の発言をしてはいけません

3月14日、
テレビのブラウン管に映ったホリエモンは苛立っていた。

「どうして誤解を生むところだけを、助長しようとするのか」
といった発言を、テレビ朝日の女性インタビュアーに向かって
していた。

自分の発言が、どんどん一人歩きをして
発した意図ではない解釈を生んでいる。
そのことに、苛立っていた。

ここでは、TVなど報道側が
ホリエモンにどのような言葉を語らせようと仕向けているか
発した言葉をどう編集するかは、
ここでは置いたうえで、考えてみたい。


仕事でも、友達との会話でも、
「そんなつもりで言ったわけじゃないのに」とか
「なんで上司は、これがわからないんだろう」などと
感じることがよくあるはずだ。

自分では、伝えようとして一生懸命話をしている。
論理的に話をすることもあれば、
感情的に話すこともある。

しかし、自分の発した言葉をどう解釈されるかは
相手にかかっている。

「Aをしたい」と話したとして、
そのまま「Aをしたいんだな」とは残念ながら伝わらない。

Aをしたいと思ったときに、いろんなシミュレーションを
したうえで、本人は話しているのだが、
まず、相手はそのシミュレーションをしない状態で聞いている。
誰かと誰かが話をする際、
話をする側と、聞く側が立つ前提が違っていることが
ほとんどなのだろう。

また、言葉とは「人によって持っているイメージが違う」
可能性が大きい道具(ツール)でもある。
Aという言葉にどんな意味を込めているのかが、
人により、微妙にズレているわけだ。

「なんでわかってくれないの?」となる原因の多くは
けっこうこの辺にある。

じゃあ、自分がシミュレーションしたことを
ひたすら大量の言葉で語ればいいのかといえば
それも違う。

たぶん大切なのは、
相手がどんなことを普段考えているのかを知り、
それに沿って話をすること

なのだろう。

たとえば……
インターネットを使うと、
視聴者の意見がこんなに簡単に集まる。
視聴者参加番組が、より活性化する。
それだけじゃなくて、モノも売れる。
TVショッピングよりも
ずっとたくさんの商品を売ることができる。
そのため大口スポンサーだけでなく、小口スポンサーも
集められるようになる。
しかも、大口スポンサーと小口スポンサーは
CMとTVショッピングは役割が違うから、
大口スポンサーと小口スポンサーは
ケンカすることなく、同じ場所に立てる
などなど。

たとえばTVや新聞、雑誌は
インターネットに取って代わられる不安を常に抱えている。
その不安もちゃんと汲み取ったうえで
「大丈夫ですよ。こういうふうにすれば、
延命できるんですよ」というツボを押さえる必要があるのだろう。

人に何かを伝えるには、
どこまで相手の立場に自分の身を置いて
相手の使ってる言葉で話ができるか
が大事
なのである。


■決定打は、ホリエモンの資本家的発言だったのだ
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
が、ここまではホリエモンだって、やろうとしている。
なのに伝わらないから、苛立っている
んだろう。

ホリエモンの言葉が相手に伝わらない原因は
実は上記以外にもある。
これは、かなり決定的な気がする。


ホリエモンはサラリーマンではない


TV局のトップも、制作している人たちも、
基本的にはサラリーマンなのである。
フリーアナウンサーは、サラリーマンではないが、
一職人というポジションだ。


一方、ホリエモンは資本家なのだ。


TV局の社長・会長は経営者ではあるが、資本家ではない。
ホリエモンは、経営者でもあり、資本家でもある。

この差は決定的だ。

資本家とは、資本を投資することで利潤を生み出す人。
サラリーマン経営者は、組織を動かすことで、利潤を生み出す人。

たぶん、ホリエモンはいわゆる経営者の側面よりも
資本家の側面の方が強いのではないだろうか。
組織を動かすこと自体には、たぶんあんまり興味がない。

資本家として、会社という場に対して、資本を投入する。
あとは、利潤を生み出してくれればいいから、好きにやってよ。
というスタンスなのだろう。

サラリーマン経営者は、「お金をぽんと与えて、うまくやってよ」
という発想はない。
それよりも、
自分が育ってきた、生き抜いてきた、大きくしてきた組織そのものに興味があるといっていいだろう。
わが社のDNA(誇り)をどう継承していくかとか
○○人(テレビ人、報道人……)として、我々はどうあるべきかとか
ヒットメーカーをどう引っ張り上げるか、
同時に、どうすれば一人で暴走させずにすむか
とか。

なのでホリエモン的な「利潤を生み出してくれればいいよ」スタンスがきっと理解できない。
もちろん、私も、利潤を生み出してくれればいいよ発想は、どう頑張ってみても「なるほど!」と思えない。でもそれは当たり前なのだ。資本家じゃ、ないから。

ホリエモンは、一市民的な発想だって持っている。
しかし、一般の人は、一市民的な場しかいたことがないから、
一市民的発想の発言かと思って聞いていたら
資本家的発言もぽんぽん飛び出してくるから
「なんだぁ???」と思ってしまう。

ホリエモンの著書も同じだ。
あれらはきっと「資本家になることのすすめ」本なのである。
しかし、そう断り書きを書いてくれないから、理解されない。

今のホリエモンに必要なのは
資本家的発言と一市民的発言の“間”を埋める作業である。

たとえば本で「誰だって、資本家になれるんだから、なればいいじゃん」と、
元・一市民的として呼びかけているのだけれど、
そこでは、一市民として、「資本家へのなりかた」を語らなくてはならない。
突然、資本家の言葉で、資本家的な発言をしては、ならないのだ。

たぶんこの整理ができれば、いまよりずっと理解されやすくなるのではと思うのだが。
いかがでしょう?

(編集・中村)

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2005.02.23 自分のカラーを持ち続けること!

自分のカラーを持ち続けること!

先日「ぼくの伯父さん」という映画を初めて観ました。衝撃的でした!あんなにほのぼのとして、思いっきり笑いをとる部分もなく、どちらかと言えば淡々と進むのに、それでも先が気になって目が離せない映画は滅多にありません!「将来の機械文明への警鐘を鳴らした映画」等、色々メッセージはあるのでしょうが、あれほどまでに淡々と進みながら、それでいて展開が気になる映画は、逆にとても新鮮で、一度観て大好きになりました!他の監督作品には無い、独特の世界観を持っています。

ジャック・タチという人がこの作品の監督でもあり主演でもあるんですが、彼の熱狂的なファンは今でも根強く、日本にも多くのファンがいるとの事。うなづけます。この監督にしても私の好きなスタンリー・キューブリックやディビッド・リンチにしても、自分のカラーを持った人ってすごく魅力的に映るのです。人の真似ごとでしかない監督さんの映画は、どれも似たり寄ったりで魅力的に映りません。そういう意味ではブライアン・デ・パルマの分割映像も、ダリオ・アルジェントの原色の使い方も全部「自分のカラー」だと思うのです。最近では日本人映画監督も海外で活躍するようになってきましたが、活躍する人は、そのフィールドにしっかり「自分のカラー」を打ち出している事だと思うのです。

転職活動でも「自分のカラー」を打ち出すのはかなり重要な事なのではないかと思います。間違いというものを恐れずに「自分はこうなんだ」という強い信念を持つことで、自分自身の自信にも繋がりますし、それは人に伝わるのではないかと思います。キャリアシートや提出書類だけでは伝わらない「情熱」みたいなものが、人の心を動かすのではないだろうかと信じてやみません。私も早く自分のカラーをはっきり打ち出せる人間になりたく、日々精進したいと考えております。
(カスタマーサポート・久保田)

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2005.02.14 堀江氏は、まじで社会を変えちゃうのでは

堀江氏は、まじで社会を変えちゃうのでは

社会って、人間の集合体で成り立っている。
人と人との集合体の中では、何かを変えようとしたとき、摩擦が起こる。たぶん多くは、既得権益を手放したくない側とそこ切り込もうとする側の争いなのではないだろうか。その構造には、世代間闘争が内包されている。既得権益を(やっとの思いで?)手に入れた世代と、もう既得権益などあてにできないんじゃないかと感じている世代との闘争だ。しかし後者はストレートに挑んでも前者には勝てないのがわかっているからなのか、諦めつつ、他で自己拡張を行うという作戦に出ている気がしていた。

そんななか、かなりストレートな闘いを挑んでいるように思えるのが堀江氏である。いわゆる「かしこい人」なら、従来の既得権益層に擦り寄りつつ、いつ取って代わってやろうかと虎視眈眈と狙い定めているのであろうが、回りくどく感じるのか、単純にそういうことができない性格なのか、堀江氏からはそんな気配は感じられず、ストレートに真正面から既得権益層に変化(もしくは意識改革?)を迫っているように思えるのだ(ここでいう既得権益層は、ある世代に特定するものではないかもしれないが)。

人の世で、ストレートな真正面からの闘いがどこまで通用するのかわからないが、私はものすごーーーく期待している。堀江氏の挑み方は、単純にメディアの構造を変えるだけでなく、「真正面からの挑戦もアリなんだ」と人々の意識をも変える可能性をはらんでいる気がしているのである。

(編集・中村)

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2005.01.31 うまくいくはず!

うまくいくはず!

子どものころから正月に帰省するたびに親戚一同で麻雀をしていました。
で、大人になった今も、年に数回、やっています。

先日も卓を囲んだのですが……。
親の満貫に思いっきり振り込みました。
親はドラをポンしていたので、高めなことは周知の事実。
で、それでもリーチをかけたんです。あと残り数牌……というところで「ロン!」と捕まったわけでした。

「わかってるのに、無謀な」と周囲の声が。
でも、トータルではこの日大勝利に終わったのでした。

いろいろ考えてみるに、私の場合、勝ち負けを左右する法則は以下のようです。
■負けるとき
・弱気になって、守りばかりになっちゃうとき
・あまりにおバカな特攻ばかり繰り返すとき

■勝つとき
・自分の引き(ツモ)を信じ、自分流を貫いているとき

ここまでお読みいただければおわかりの通り、麻雀の腕がいいわけではまったくなく、素人家庭麻雀の域をぜんぜん出られないままやっているわけですが、それでも負けるときより勝つときのほうが若干多いのでした。

ひとえに、「自分のツモを信じている」という超お気楽&楽観な性格ゆえなのではと思っています。思えばこれまでのさほど長くない30数年の人生も、「自分の運を信じる」という超楽観主義でひたすらやってきたような。。。

受験・試験なら「必ず受かるはず!」、車のレースも「絶対いいタイムが出るはず!」、恋愛も「必ずうまくいくはず!」、もちろん転職も「あたしほどぴったりな候補はいないはず」との強烈な思い込みで、渡ってきたかもしれません。

「うまくいくはず!」
自分に向かってリピートし続けていると、そのうちホントになるんです。騙されたと思って、ぜひお試しを。

(編集・中村)

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2005.01.21 愛ってそういうことだったんだ

愛ってそういうことだったんだ

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皆さんにとって「愛」とは何ですか?

恋人(への)愛
夫婦愛
親子愛
家族愛
友人(への)愛
上司愛
部下愛
職場愛
同性愛
そして人類愛・・・。

愛国心、愛校心なんて言葉もありますね。

こんなふうに愛にもいろいろありますが、そもそも愛とは

「対象をかけがえのないものと認め、それに引き付けられる心の動き。
 また、その気持ちの表れ」─────三省堂『大辞林 第二版』より

だそうです。

その「愛」とか「愛す」って中国生まれだってこと知ってました?

愛の語源は「心が強く打たれて息が詰まるような思いになる」
なんだそうです。

女性を愛するときは女性への愛情のあまり息がつまり、
国を愛するときは祖国への熱情で息がつまって、
普通の行動ができない、そのさまを字で表現したのが
「愛」なんだそうです。
(ネタ元:『語源を楽しむ』~知って驚く日常日本語のルーツ~(増井金典/ベスト新書)

嗚呼、私も窒息して身悶えするくらい誰かを愛したい・・・・・・と思いつつ
日夜仕事カンケイでしか身悶えできない編集担当・でした。

※『語源を楽しむ』、おもしろいですよ。
  日本語、言葉が好きな人におすすめです。

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